歯科経営

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個人の歯科医院の事業承継についてご教示ください。父親が営む歯科医院を息子が承継する予定です。
この場合、選択肢として、以下のパターンがあると思います。
1.生前に父親の事業を廃業して、息子が新たに開業する場合
2.父親の事業を、相続が発生してから息子が相続する場合
3.父親が事業主の内に医療法人化する場合
それぞれの一般的なメリット、デメリットについてご教示いただけますでしょうか。また、それぞれの場合において、保健所、厚生局の手続き上の違いはありますか?
<前提条件>
・歯科医院の不動産、医療機器は父親が所有しています。
・息子は現在、父親の医院で勤務しています。
・息子に引き継ぐにあたって大規模改装(建物、医療機器導入)を予定しており、父親が借り入れしています。
・父親の歯科医院の所得は500万円程度と、法人化によって税負担を下げる効果はあまりありません。
・医療法人として、たとえば介護事業などの事業展開は考えていません。
・父親は相続税がかかる可能性が高いです。
 私が思いつくのは以下です。
パターン1
 メリット :タイミングを選べる。
 デメリット:事業用資産の贈与による贈与税負担が発生する(不動産は使用貸借を想定)。
パターン2
 メリット :贈与税負担がない。
 デメリット:遺言などがない場合、後継者以外の相続人から法定相続分を主張され、事業に必要な資産が承継できない可能性がある。
      :事業承継のタイミングを選べない。
パターン3
 メリット :医療法人化の手続きは煩雑である一方、その後の承継の際は、理事長変更の手続きのみでOK。
 デメリット:現状税負担の軽減効果がない。
 ご多忙のところ恐れ入りますが、よろしくお願い申し上げます。

立地が不明ですので、現状の外部環境と将来の医療需要が不明のまま、さらに父親と息子の年齢と健康状態等が不明のまま、考え方を記します。

1.生前に父親の事業を廃業して、息子が新たに開業する場合
【メリットと留意点】
(1)父親の経営理念と診療方針を息子が承継できる。
 すでに歯科医師として当該歯科診療所に勤務している息子ですので、親子間であらためて父親の経営理念や診療方針を明確に伝達することは、父親と息子のどちらも「気恥ずかしい」、「何をいまさら」という抵抗があります。
 しかし、父親の経営理念と診療方針を明確に息子に伝えた上で、息子が咀嚼し、内部と外部の現在の経営環境を把握し将来を予測して、息子なりの経営理念と診療方針を親子間で協議して承継に臨むことが不可欠です。そうしないことが、承継後の分裂(息子の離脱)につながった事例があります。
 承継のための「場」を設定し、親子間の本音を引き出し、現状認識と将来の環境変化の予測を基に、承継後の経営理念と診療方針を親子間で共有することの支援が、医業経営コンサルタントの仕事です。ただし、親子間承継によって「地域医療の存続」が達成できなければなりません。
(2)歯科医師会、歯科医師国保、校医・園医等が父親の信用の元でスムーズに承継できる。
 歯科医師会会員であるかどうかは不明ですが、歯科医師会の入会金の減額交渉や歯科医師国保の被保険者資格取得、校医・園医の承継等は、父親の信用の元に歯科診療所にとっての経済的利益をもたらす可能性があります。入会金の減額等は、地域によってバラツキがありますが、新規開業では実現できないことです。
(3)併診期間があるので、職員、患者、取引先、地域に対して納得のいく説明ができる。特に、職員と患者はある日突然に担当歯科医師が変わることに抵抗があります。父親が元気なうちに承継することは、古くからの患者は父親が診察する、息子の得意分野の治療は古くからの患者であっても父親が説明して息子が診察するなど、患者が納得できる治療を提供できます。それは、毎日の診療を目の当たりにしている職員と取引業者にとっても同様です。このことは、前述の親子間で共有する診療方針の共有につながります。

【デメリットと留意点】
(1)高度管理医療機器等の薬機法対応
 承継に際して、父親所有の不動産は賃貸借契約締結によるのがすっきりすると思います。相続が発生するまでか、時価が息子にとって無理なく買い取れるようになるまでの間のことです。
 ところが、X線機器などの高度管理医療機器等の販売と賃貸は、保健所の高度管理医療機器販売業・貸与業の許可を取得しなければなりません。この許可を取得するためには、営業管理者(高度管理医療機器等営業管理者)を設置しなければなりませんが、歯科医師であれば営業管理者になれますので、父親が許可を取得して販売業・貸与業を営むことができます。
 以下に、承継に際しての高度管理医療機器等の「父親から息子に対する歯科器械ディーラーを通した所有権移転」と、「父親が息子に賃貸」する2つの方法についての手順と留意点を記します。

1)歯科器械ディーラーを通した所有権移転の場合
 父親から廃院を理由に歯科器械ディーラーに返品する(歯科器械ディーラーが中古機器として買い取る)。
 →薬機法上必要な機器についてはディーラーからメーカーに報告の上でオーバーホールを実施する。
 →ディーラーが父親から買い取った医療機器代金にオーバーホール費用を加算して息子に納品する。
 ※オーバーホールが必要な機器については、歯科器械ディーラーにご確認ください。
2)賃貸の場合
 父親が経営者および営業管理者として、高度管理医療機器販売業・貸与業の許可を取得する。
 →父親が息子と賃貸契約書を締結する。
 →薬機法上必要な機器については父親からメーカーに報告の上でオーバーホールを実施する。
 →父親が息子に医療機器を賃貸する。
 ※耐用年数近く使用している高度管理医療機器等は、その帳簿価額が0円に近づいた時点で息子に売却します。
 ※薬機法上オーバーホールが必要な機器についてはメーカーに報告した上でオーバーホールをしてから売却することになります。

 以上のように高度管理医療機器等については、薬機法の規制がありますので、保健所の許可を取得しないで済む歯科器械ディーラーを通した所有権移転の方法がおすすめです。承継に際して医療機器の購入を予定しているのであれば、ディーラーを通した所有権移転の方法について、取引先のディーラーと協議されることをおすすめします。
 また、承継に際して医療機器導入の資金は、父親が借り入れているとのことですが、父親から息子に医療機器を貸与する場合の薬機法の規制を考えると、息子が金融機関から借り入れた資金で購入したほうがよいと思います。
 父親の相続税対策等で父親が医療機器購入費を借り入れる場合は、承継に際しての購入費以外に、承継に際して息子に移転した中古医療器械の時価+オーバーホール費も贈与税の対象になります。

(2)息子より年上の職員
 息子は父親が開設する歯科診療所に勤務しているとのことですが、勤務医と職員という、いわば同僚の関係から、承継後は事業主(雇用主)と使用人の関係に逆転します。承継に際して息子と職員の個別面接、毎日の朝礼、歯科医療技術の研修、接遇研修などが必要です。その前提条件として、父親と協議して明文化した経営理念と診療方針、就業規則等の見直し、歯科医院医療安全対策マニュアルの改訂が必要です。

【保健所・厚生局の手続き】
 父親と息子の経営理念と診療方針の承継並びに大規模改修計画と医療機器導入計画がまとまり、就業規則等の改訂、歯科医院安全対策マニュアルの改訂が済み、承継の年月日がまとまった後の保健所と厚生局の手続きです。また、承継期日は大規模改修が完了した日を想定して下記に手順を記します。
・保健所に親子間承継の事前協議をする(厚生局に保険医療機関遡及指定を申し入れる旨)。
 →保健所の協議をした旨を説明して厚生局に親子間の承継による保険医療機関遡及指定の事前協議をする。
 →保健所に診療所開設届の変更届(大規模改修による変更)事前協議
 →大規模改修実施
 →大規模改修完了、父親の開設届の変更届提出
 →父親の診療所廃止届・X線装置廃止届を保健所に提出。同日に父親の保険医療機関廃止届を厚生局に提出
 →上記と同時に父親廃止届記載の廃止年月日の翌日付の息子診療所開設届・X線装置備付届・漏洩線量測定結果報告書を保健所に提出
 →父親廃止日の翌日に息子の保険医療機関指定申請書並びに施設基準届出書を厚生局に提出
 →父親から息子に対するカルテと画像の管理委託契約書を作成して保管する。
 ※施設基準の届け出は、東北厚生局の例のように保険医療機関遡及指定の場合は、1日の午前中に提出すればその月の1日から算定できる等の(ローカル)ルールがあるので、事前にご確認ください。

2.父親の相続が発生してから息子が歯科医院を相続する場合
【メリットと留意点】

【デメリットと留意点】
(1)承継に関する計画立案、経営理念と診療方針、就業規則等の諸規定の整備、歯科医院医療安全対策マニュアルの改訂等が十分にできない。上記の作業は今から開始すべき。
(2)保健所と厚生局の歯科診療所の開設者の変更による手続と同時に、死亡による戸籍・歯科医籍などの手続きがある。同時進行で短期間に行わなければならないので、どうしても歯科診療所を休診しなければならない。
(3)息子が歯科診療所を相続できない可能性
 相続人による遺産分割協議により歯科診療所の相続が確定する。

【保健所と厚生局の手続き】
・保健所に死亡の報告と親子間承継の事前協議をする(厚生局に保険医療機関遡及指定を申し入れる旨)。
 →保健所の協議をした旨を厚生局に説明して、親子間の承継による保険医療機関遡及指定の事前協議をする。
 →保健所に父親の死亡届(医籍抹消)、厚生局に保険医死亡届
 →父親の診療所廃止届・X線装置廃止届を保健所に提出。同日に父親の保険医療機関廃止届を厚生局に提出
 →上記と同時に父親廃止届記載の廃止年月日の翌日付の息子診療所開設届・X線装置備付届・漏洩線量測定結果報告書を保健所に提出
 →父親廃止日の翌日に息子の保険医療機関指定申請書並びに施設基準届出書を厚生局に提出
 →父親の相続人代表と息子の間でカルテと画像の管理委託契約書を作成して保管する。

3.父親が事業主の内に医療法人化する場合
【メリットと留意点】
(1)個人(父親)と医療法人が会計上も取引上も明確に区分される。
(2)個人開設診療所よりも法人開設診療所の方が経費の幅が広がる。ただし、接待交際費の損金算入の限度や純資産の額による全額不算入の規定がある。
(3)承継自体の手続きが簡単
 社員、役員、管理者の変更で済む。
(4)節税が可能
 医療法人の利益の一部を役員に役員報酬として支払うことにより、所得税の税率より法人税の税率が低いことを利用した法人と個人の納税額の合計額が個人開設の診療所よりも少額にすることが可能。

【デメリットと留意点】
(1)社員総会と理事会の招集・成立・開催・決議・議事録、役員の損害賠償、理事長の年4回の理事会報告等の医療法による規制がある。「医療法人の機関について」(医政発0325第3号、平成28年3月25日)を参照ください。
(2)事業年度終了後3カ月以内の純資産の登記、理事長任期(2年)終了後の改選と登記の義務
(3)決算終了後3カ月以内に決算届を都道府県知事に提出する義務
(4)行う業務に制限がある。
   本来業務(医療機関の開設)、附帯業務、附随業務の開始と廃止の都度、都道府県知事に定款変更認可申請書を提出し、認可後でなければ事業を開始できない。
(5)設立、合併、分割、解散は年数回の医療審議会を経て都道府県の認可を得ない限りできない。

【保健所と厚生局の手続き】
・臨時社員総会の招集、成立、開催、理事定数の確認、父親役員辞任の承認、議事録作成
 →理事会招集、開催、父親役員辞任による理事長退任の報告、理事による後任の理事長選任、新理事長の就任承諾、議事録作成、理事長変更登記申請
 →保健所に役員変更届提出、登記届提出、診療所開設届出事項の変更届(理事長、管理者)提出
 →厚生局に保険医療機関届出事項変更届提出(保険医、代表者、管理者)

以上です。改修資金や医療機器増設資金の借り入れまでできている状態ですので、パターン1の方法で工程表を作成した上で、計画的に承継を進められたらいかがでしょうか。ご不明の点はお問い合わせください。

回答日【2022.12.5】

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